ballet project通信

【#038】『ジュエルズ』解説


ballet project通信では、石井久美子バレエプロジェクトの裏側やバレリーナ石井久美子の素顔、驚くハプニングや笑える話、感心してしまう話、泣ける話などなど、みなさんと共有したい話題を、密度高く発信していきます。余暇のお供に気軽に楽しんで頂けたら嬉しく思います。

こんにちは。石井久美子バレエプロジェクトのつっちーです。1か月ぶりのballet project通信となりますが、皆さまいかがお過ごしですか。立春を迎えましたが、まだまだ真冬の寒さが続く頃です。ヒートショックなどにも十分気を付けて、健康管理に努めましょうね。

さて、今回のballet project通信#38は、物語のない全幕バレエとしては世界初となる『ジュエルズ』の解説をしていきます。『ジュエルズ』は、元バレエダンサーで振付家でもあるジョージ・バランシンが1967年にニューヨーク・シティ・バレエ団のために制作した作品です。

それでは『ジュエルズ』が好きという方もあまり知らないという方も、ジュエルズの世界にどっぷり浸ってみましょう。

Photo: Yuki Horiguchi (c)KORANSHA

バランシンとジュエルズの世界観

皆さまはバレエを鑑賞するとき、どのようなところに注目しますか。ダンサーの踊りはもちろん、作品の物語性、音楽、舞台美術、衣装など、それぞれに気になるポイントがあるのではないかと思います。

私はバレエでもミュージカルでもドラマチックな物語性のある作品が好きで、登場人物についつい感情移入しながら観てしまいます。しかし、今回紹介する『ジュエルズ』にはストーリーがありません。人間味溢れる登場人物もいなければ、悲恋もハッピーエンドもない。それでも観終わると、バレエの魅力にどっぷり浸れる不思議な作品です。

バランシンは物語を持たないプロットレス・バレエを確立した振付家です。彼の作品は、音楽そのものを身体で表現する芸術ともいわれ、「音楽の可視化」と称されることもあります。

ロシアで生まれ、フランス、アメリカと活動の地を移しながら独自のバレエ世界を築き上げたバランシン。多様な文化の中で磨かれてきたその感性は、彼の作品スタイルや美意識にも深く反映されています。

『ジュエルズ』は全3幕から構成され「エメラルド」「ルビー」「ダイヤモンド」と、3つの宝石がテーマとなっています。だけど、バランシン本人は「宝石とは何の関係もない。ただ、ダンサーが宝石のような衣装を着ているだけ」と語られたことがあるんですって。

まあ、なんて頑固な方なの!と、思ってしまいますが、バランシンは作品に象徴的な意味づけをしたくなかったのでしょうか。それでも舞台がまるで宝石箱のような光に包まれるのは、きっとバランシン自身も内心では、宝石の輝きを作品に映し楽しんでいたからかもしれませんね。

3つの宝石ですが、エメラルドをフランス、ルビーをアメリカ、ダイヤモンドをロシアと表現することがあります。しかし、これは後世の批評や鑑賞の楽しみ方であって、実はバランシン自身が意図したわけではありません。しかし、時代を経てそれぞれ異なる国の踊りとして楽しまれています。

カリンスカが手がけた衣装も芸術

『ジュエルズ』の美しさを衣装というかたちで彩を添えたのが、バランシンの長年のパートナーであるバーバラ・カリンスカです。

ウクライナ生まれのカリンスカは刺繍職人として活躍した後に、40代から舞台衣装の世界へ進みました。バランシンとは70を超える作品を共に生み出しています。

『ジュエルズ』の衣装は芸術的評価も高く、美術館や劇場のロビーに展示されたこともあります。また、生地は汗や摩擦にも強く耐久性にも優れており、なおかつ踊りやすいと評価されています。

『ジュエルズ』のアイデアを出したのは、宝石の名門ヴァンクリーフ&アーペルのクロード・アーペルと言われていて、彼は舞台で目にしたカリンスカの衣装に、深く感銘を受けたといいます。宝石のプロともいえるクロードが、舞台衣装のきらめきに驚いたというのだから、当時から衣装の輝きと完成度の高さは本物だったのでしょうね。

旅するように宝石の世界を楽しむ

時を経て「エメラルド」「ルビー」「ダイヤモンド」と、それぞれ異なる国のスタイルが込められていくようになりましたが、もう少し各宝石が表現する世界に踏み込んでみましょう。
2003年には、マリインスキー・国際バレエフェスティバルで『ジュエルズーインターナショナル』として、こんな試みがなされました。

「エメラルド」をパリ・オペラ座バレエ団が上演し、「ルビー」をニューヨーク・シティ・バレエ団、そして「ダイヤモンド」をマリインスキー・バレエ団が上演しました。これはまさに、宝石そのものが各国(バレエ団)の独自性を映し出しているように思えます。

私も『ジュエルズ』は映像でしか見たことがありませんが、各国の違いを旅するような気持ちで鑑賞すると、今までとは少し違う楽しみ方ができるのではないかと感じました。

「エメラルド」はフランスの作曲家ガブリエル・フォーレの『ペレアスとメリザンド』『シャイロック』からの抜粋です。柔らかな音楽にのせて、ロマンチックチュチュでフランスの優雅さを表現します。

芸術家たちが愛したパリ。リュクサンブール公園の美しい緑に、ブローニュの森。フォーレの音楽に包まれながら、 花の都パリを訪れた旅人気分で鑑賞してみませんか。物語はなくても、そこに漂うのはフランスのロマンそのものです。

続いて「ルビー」は、都会的でエネルギッシュなNYです。ストラヴィンスキーの『ピアノとオーケストラのためのカプリッチョ』に合わせて、アメリカの自由とエネルギッシュさを表現します。

クラシックバレエなのにジャズの雰囲気、モダンなコスチュームと振り付けでアメリカらしいユーモアに富んでいます。制作された時代背景が近いからか、どこか「ウエスト・サイド物語」のプロローグを思い起こさせる、かろやかな脚さばきなどにも注目です。

NYと言えばネオンが輝くタイムズスクエアに、天をつく摩天楼。「ルビー」ではアメリカのエネルギーと自由な精神を舞台全体から感じてみてください。

そして最後は「ダイヤモンド」。チャイコフスキーの「交響曲第3番(1楽章を除く)」に合わせて、伝統的なクラシックチュチュを纏い、ロシアの壮麗さを表現して踊ります。

ここで表現されるのは、クラシック・バレエの格調と気高さ。チャイコフスキーの音楽にのせて、ロシアの威厳と豪華絢爛な世界を表現します。

革命の時代を越えたロシアの芸術はただ美しいだけではなく、この国の歴史と風土を映し出すように深く私たちの心に届きます。左右対称に完璧に揃うコール・ド・バレエが見どころのひとつで、ダンサーひとりひとりの動きはまるで、至高の輝きを放つ一粒のダイヤモンドです。芸術への深い敬意と、クラシック・バレエの正統を守り続けてきたロシアの誇りを感じてください。

楽しみ方は千差万別

舞台美術が驚くほど簡素なことも『ジュエルズ』の特徴でしょうか。けれどその分、照明や衣装、そして群舞のフォーメーションなどで、ダンサーたちが自由に輝く宝石のように見えてきます。

シンプルな作品であるがゆえに、ダンサーのテクニックも際立つように感じます。宝石の輝きと各国の世界観を楽しみながら、ダンサーの表現力やテクニックに注目してみてください。音楽と全体が織りなす抽象バレエの美しさを堪能できたら、ジュエルズ上級者とも言えますね。

バランシンが創り、カリンスカが装いを与え、宝石の輝きと各国の世界観が詰まった『ジュエルズ』。舞台で最もまぶしく輝くのは、ダンサーたちの躍動そのもの。この作品は、観る人の数だけ異なる光を放ちます。皆さまにはどんな輝きが映るのでしょうか。