ballet project通信

【#043】作品解説「ライモンダ」


ballet project通信では、石井久美子バレエプロジェクトの裏側やバレリーナ石井久美子の素顔、驚くハプニングや笑える話、感心してしまう話、泣ける話などなど、みなさんと共有したい話題を、密度高く発信していきます。余暇のお供に気軽に楽しんで頂けたら嬉しく思います。

皆さん、こんにちは。石井久美子バレエプロジェクトのつっちーです。新緑が芽吹いてくるこの季節、新年度の慌ただしさも落ち着きを取り戻した頃でしょうか。ゴールデンウィークまであと少し。気負わずに乗り切っていきましょうね。

さて、今回のballet project通信#43では、クラシック・バレエの父とも呼ばれるマリウス・プティパの晩年の傑作と名高い『ライモンダ』を紹介します。プティパのおいたちにも触れながら、ライモンダの舞台となる中世ヨーロッパの世界へ飛び立ちましょう。


「クラシックバレエの父」マリウス・プティパとは

(c)wikipedia.org/wiki/マリウス・プティパ

マリウス・プティパは1818年、フランス南部マルセイユに生まれました。父親はバレエマスター、母親は俳優という家庭に育ちます。

きっと、幼少期から踊りやお芝居を日常で親しみ触れてきたのでしょう。そんな家庭ですから兄のリュシアン・プティパは、後にパリ・オペラ座の主要ダンサーとして名声を得ます。

一方で、マリウスは父の仕事に伴い各地を巡りながら、舞台経験を積んでいきます。踊り手としてではなく、作品を作る側で生きようとした彼にとって、実は当時のフランスは決して恵まれた環境ではありませんでした。

19世紀半ばのパリでは、バレエ界の構造がすでに固まりつつあって、劇場のポストは限られていたからです。ですから、若い振付家に創作の機会が与えられることはほとんどなく、マリウスも安定した地位を得ることができなかったといいます。

こうした状況の中、プティパはロシア皇帝劇場から招聘を受けます。バレエを国家事業として、外国からやってきた芸術家にもチャンスを与えてくれるロシアは、プティパの構想を実現できる絶好の場所でした。

プティパはやがて、皇帝劇場の振付家となり『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』『眠れる森の美女』『白鳥の湖(改訂版)』など、今日まで踊り継がれる古典作品を次々と生み出します。

新しい世代の台頭によって、晩年は第一線を退いていきますが、それでも彼が築いたクラシック・バレエの様式は失われることはありません。私たちがクラシック・バレエらしさと感じる秩序や華やかさは、プティパが生涯をかけて作り上げたといっても過言ではありません。


バレエ『ライモンダ』のあらすじ

ボリショイ・バレエ『ライモンダ』(c)Pathe Live

物語の舞台は、中世ヨーロッパのフランス、十字軍遠征が行われていた頃です。ライモンダの誕生日のパーティーが、叔母ドリスの城で華やかに開かれています。ライモンダの婚約者であり十字軍の遠征に赴くジャンが、ライモンダに別れを告げにやってきて、ライモンダにスカーフを贈ります。

ライモンダはジャンの無事を祈りながら、再会を待つ日々です。ドリス家では危機に現れる守護神として、白い貴婦人の存在が言い伝えられています。
ある夜、ライモンダがひとりでリュートを弾いていると白い貴婦人が現れました。導かれるようについていくと、目の前にジャンの姿が現れたのです。懐かしいジャンとの再会にライモンダは喜びに満たされます。

ところが、ジャンの姿はふっと消え、代わりに現れたのは見たことのない異国の騎士です。鋭い眼差しと存在感を放つその男は、言葉もなくライモンダに迫ります。恐怖におののいた時、ライモンダは夢から目を覚ましました。

翌日、城では十字軍の帰還を祝う華やかな宴が開かれます。その宴にひとりの男が現れました。サラセン(アラブ)の王子アブデラクマンです。彼の姿を見た瞬間、ライモンダは驚きます。夢の中でジャンが消えたあとに現れた騎士と、あまりにもよく似ていたからです。

アブデラクマンは情熱的にライモンダへ求愛します。そこへ、遠征に赴いていたジャンが無事帰還を果たします。再会の喜びも束の間、ライモンダを巡って二人の男は決闘を交わすことになります。
激しい戦いの末、勝利したのはジャンでした。そして、ライモンダとジャンは結ばれ、二人を祝福する壮麗な結婚式で舞台は幕を閉じます。

(※上演版により、演出や物語の描かれ方は異なります。)



中世フランス×十字軍という舞台設定

十字軍とは、キリスト教とイスラム教が衝突し、キリスト教徒がイスラム教勢力から聖地エルサレムを奪還するために行った軍事遠征のことです。11世紀末から13世紀末にかけての約200年間で7回(8回と数えることもあります)の遠征をしますが、その目的を果たせず失敗に終わります。

『ライモンダ』に登場するジャン・ド・ブリエンヌは十字軍の遠征に向かう騎士であり、そのことが作品に独特の格調を与えています。愛する人を戦地へ送り出すことは、この時代には日常に近い出来事だったかもしれません。しかし、帰還を信じて待つ側の期待と不安、この時代特有の感情がライモンダの内面を形づくっています。

※歴史的背景として十字軍は東西の貿易の活発化に繋がり、教皇権の衰退にも繋がりました。


5つのバリエーションが語るライモンダ

『ライモンダ』が特別な作品と言われる理由のひとつに、ライモンダが5つのバリエーションを踊ることがあげられます。バリエーションではバレリーナとしての高度なテクニックはもちろん、ライモンダの内面の変化を繊細に表現しなければなりません。

どんな5つのバリエーションが踊られるのかみていきましょう。

1.第一幕:ピチカートのバリエーション
誕生日を祝う華やかな場面で、ライモンダ登場の時に踊るバリエーションです。かろやかな音楽に乗せて、若きライモンダの幸福が舞台いっぱいに広がる愛らしいバリエーションです。

2.第一幕:ベールのバリエーション
白いベールを手にした幻想的な踊りです。ジャンから贈られたベールを胸に抱き優雅に舞います。ベールのコントロール力が求められるバリエーションでもあります。

3.第一幕:夢のバリエーション
夢の中で踊られる抒情的なバリエーションです。コンクールなどでもよく踊られ、ライモンダのバリエーションの中では難易度が一番高いと感じるダンサーも多いといいます。

4.第二幕:帰還の宴のバリエーション
恋人の帰還を喜ぶ祝宴の中で踊られます。回転やジャンプなどが盛り込まれたテクニックの見せ場が続くので、5つのバリエーションの中では特に力強いバリエーションです。

5.第三幕:結婚式のバリエーション
ライモンダの中で一番有名ともいえるハンガリー風のバリエーションです。手拍子が印象的で「手打ちのバリエーション」とも呼ばれます。ライモンダの喜びと成長を表現する最後のバリエーションです。



ひとりの女性が紡ぐ気高き物語

『ライモンダ』は、 華やかな世界を通して、歴史、宗教、文化、そして心の陰影までもが表現されています。また、ひとりの女性の成長の物語ともいえます。

物語の背景を知れば知るほど、それぞれの解釈で見えてくるのではないでしょうか。YouTubeなどでも全幕を観ることができますので、興味を持たれた方は『ライモンダ』の重厚で奥深い世界を、ぜひじっくり味わってみてください。

※新国立劇場バレエで2026年4月25日~5月3日まで『ライモンダ』の公演が行われます。