ballet project通信

【#018】母・恵子が語る、久美子のマリインスキー復帰への想い


ballet project通信では、石井久美子バレエプロジェクトの裏側やバレリーナ石井久美子の素顔、驚くハプニングや笑える話、感心してしまう話、泣ける話などなど、みなさんと共有したい話題を、密度高く発信していきます。余暇のお供に気軽に楽しんで頂けたら嬉しく思います。

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さて、今回のballet project通信#18は「母・恵子が語る、久美子のマリインスキー復帰への想い」です。

久美子は今、マリインスキーへの復帰を目指して、日々ストレッチやトレーニングに励んでおります。そこで、久美子の母・恵子に話を伺う機会を頂きました。久美子のマリインスキーへの復帰を見守るリアルな気持ちを、インタビュー形式で紹介したいと思います。


マリインスキー劇場にて

学校とバレエとの両立の難しさ

都内某所。
久美子の母・恵子に今の想いを聞く機会を頂きました。気さくな人柄でプロジェクトメンバーの母のような存在です。

ー本日はよろしくお願いします。まずは久美さんの中高時代のエピソードや、ワガノワに合格した頃の話をお聞きしてよろしいでしょうか。

久美子は小学校2年生でバレエを始め、バレエに集中できるように中学受験をし私立の中高一貫校に進学しました。
学校から帰るとバレエのレッスンに行き、レッスンから帰るとバタンキューで寝てしまう。学校の課題をこなす時間と体力がなく、そのまま登校する日が増えてしまいました。課題をやって行かないので放課後残されてしまうのですが、残るとバレエに遅刻するので久美子は逃げて帰ってきてたらしいです(笑)

ー微笑ましいエピソードですね(笑)

中3になる頃には高校進学を悩みましたが、せっかく受験して入学した学校ですので、最初は高校進学という選択肢しかありませんでした。だけど、心ではモヤモヤした気持ちがあって…将来のことを真剣に考えてみたのです。
娘はバレリーナを目指している。高校とバレエとの両立はできないと目に見えているのに、必ずしも高校に進学する必要があるのかと。
悩みに悩んで、入学直前に高校入学を辞退し定時制高校への入学を決めました。

ーそれは大きな決断でしたね。

それを機に、もっと本格的にレベルの高いところでバレエを習いたいと思い、それまで通っていたバレエ教室をやめて新しいところへ入りました。ところが、先生との相性が悪かったのか、1年もせずに辞めてしまって。
そんな時、以前通っていたバレエ教室の知り合いに「バレエの先生をなさっている方がいる」と、聞きました。そこで紹介を頂き、その先生のもとでバレエを習うことに決めました。

いざ、ロシアへ~ワガノワバレエアカデミーとマリインスキー


ーご縁は大切ですね。

その先生に習い始めてまもなく、ロシアの「ワガノワバレエアカデミー」のオーディションを受けてみないかと、声をかけて頂きました。

ー先生は久美子のバレエの才能やセンスをすぐに見抜いたのですね。

ワガノワバレエアカデミーのことは知っていましたが、まさかうちの子が?という気持ち。えっ?ロシア?留学?ワガノワ?って(笑)

ー突然、言われても頭の整理が追いつかないです(笑)

正直なところ、バレエ留学なんて考えてもいませんでした。
しかも、その時に「久美ちゃん、マリインスキーに入れたらいいね。まだ日本人は誰ひとり入っていないからね」って。

ーそれはすごい。先生はワガノワの先のマリインスキーをすでに見据えていたのですね。

恥ずかしながら、はじめてそこでマリインスキーバレエ団のことを知りました。
それからは先生の元でレッスンに励み、栃木までオーディションを受けに行き、ワガノワの合格を手にすることができました。

ー素晴らしいです。

今まではコンクールに出てもほぼ予選落ちでしたし、小さなバレエ教室の発表会でもソロの踊りをもらえなかったり。バレエでいいことがあまりなかったので、ワガノワ合格を聞いた時は本当に嬉しかったです。

ー嬉しいですね。久美さんは生まれもってのワールドワイド。

久美は遅咲きだったようで、ワガノワに入ってからはメキメキと上達しました。本来ならば留学生では出られない公演に出させてもらったり、留学生はそれまでもうらうことのできなかった、卒業証書も貰うことができました。

ーそれだけ特別な存在だったということですね。

ワガノワの卒業試験を受けた頃、就職先を決めなければならなかったのですが、久美子はマリインスキー以外は考えられなかったみたいです。
他にどこを受けようかと迷っていたある日、レッスンが始まる前にお友達から突然「久美子、おめでとう」と、言われたのです。
何のことかわからずに聞くと、合格者が張り出されていて「久美子の名前が載っている」と。
急いで張り紙を見に行ったら、マリインスキー合格者の中に“石井久美子”の名前が載っていたのです。

後から知ったことなのですが、久美子がマリインスキーを受けたわけではなくて、ワガノワの卒業公演にマリインスキーの監督が来てくださっていて、そこでスカウトされました。
久美子からの電話はほとんど毎回泣いていたので(笑)その時も暗い気持ちで電話に出たのですが、まさかのマリインスキーの合格報告。

「ママ―!!マリインスキー受かったー!!」って(笑)
その夜は興奮して眠れませんでした。

ーふたりの喜びが爆発した瞬間ですね。今、聞いても興奮します!(笑)

ワガノワを卒業し、マリインスキーへ入団するまでのあいだ、久美子は日本に戻ってきました。
新聞や雑誌の取材やら、NHKの特集にも出演させて頂き、あの『情熱大陸』からもオファーをいただきました。だけど「マリインスキーまで行って練習風景なども取材したい」とのこと。それが可能なのかもその時は全くわからず、お断りしてしまいました。悔やんでいます(涙)

ー久美さんの『情熱大陸』は私も絶対見たいです。

9月に行くというのに、8月になってもマリインスキーからは、いつどこに行けばいいのか?住むところは?などの連絡が一切なかったのです。
あの子はマリインスキーに本当に合格しているのか、どこにどう連絡を取ればいいんだと焦りました。マリインスキーに連絡をするにしてもロシア語がわからないし、マリインスキーのどの窓口に繋がるのだろうって。

ーそうですよね。

そこで、ダメ元でマリインスキーの日本公演を主催している「ジャパンアーツ」さんに連絡してみると、親身に相談にのってくださりありがたかったです。
通訳の方がマリインスキーに連絡を取ってくださったようで、出発日や住む場所などを聞いてくださりました。

久美はロシア語会話も習っていたので、先生にそのことを話したらロシアにいる家族に久美のことを話してくれたそうです。実家がサンクトペテルブルクにあるということもあり、家族が空港まで迎えに来てくださり、そのままマリインスキーまで連れていってあげるというのです。世界は優しいと思いました。

ー世界は優しい愛で繋がっていますね。そして、今再びマリインスキーへの復帰に向けて動き出している。

てんやわんやの末、久美の誕生日の日に出国し、無事に入団の運びとなりました。
振り返ると、近所の中学に通いバレエと学校との両立ができていたら、普通に高校も通い日本のバレエ団を受けていたと思うのです。

また、バレエ教室を変えたことがきっかけでワガノワのオーディションを勧められてと。コンクールで結果が出なかったことも、そのおかげで自分の弱点を見つけて克服できたし、すべてに意味があって繋がっていたと改めて思えました。

復帰を見守る母の想い


ー久美さんの数奇なバレエ人生ですね。マリインスキーへの復帰へ向けて頑張っている今、母としてどんな想いでいらっしゃいますか。

復帰を強く望んでいるのは、たぶん久美より私かもしれない。コロナで帰国してからは日本で教師として教えることを頑張っていたので、本気で復帰するつもりはないのかなって。あの子はどこまでマリインスキーへの想いがあるんだろうって。

ー生徒たちに教えることで、久美さんも多くのことを学んでいることと思います。

私は久美がコロナになりマリインスキーを休んだ直後から、いつ復帰するんだろうってずっと思っていて。復帰を強く望んでいたのは誰よりも私で、それは久美も感じ取っていて、復帰は私のためもあるのではないかと最初は感じていました。

だけど、今の久美を見ていると、あの子は自分(久美子)のために復帰を目指しているんだなってそう感じます。
やるときは0か100の子なので、今は復帰へ向けて100の力でやっているのではないかと思います。

ー私もそう感じています。最近の久美さんの熱を帯びた様子は凄いです。何か変わったと感じることはありますか?

変わったという感じは特になくて、いつも通り。それがあの子の良さでもあるので。
今はケガなく無理しないように。あの子なりの100の力で悔いなくできればいいんじゃないかって。

ーこの大切な時期にケガだけは気を付けてほしいですね。母から見たバレリーナ・石井久美子の魅力とは。

あの子は強烈で、家族でさえも振り回されることがある。周りは戸惑ってしまうけど、久美の踊りを見たら全部許せるのです。私は久美の踊りが昔から好きなんです。
あの子よりもっと体が柔らかいとか、もっと脚があがるとか、もっと技術が優れているダンサーってたくさんいて、だけど私はあの子の踊りが好きでずっと見ていたいのです。

久美の踊りをみんなに早く見せてあげたい。久美の踊りを見ると今までのアクが全部消えるというか(笑)

ーははっ(笑)。私も久美さんの踊りを見ていると心が弾みます。

久美は社交的でどんな人とも物おじせずに喋れる子だから、どんな場所でも生きていく力があると信じている。だから、これからどんな環境になっても大丈夫じゃないかって。

ー私も信じています。最後に、復帰を願うファンの方へ向けて一言お願いします。

いつも応援ありがとうございます。思ったように進まないことも多く、いろんなプレッシャーもあって精神的にきついようですが、復帰に向けて毎日頑張っているので、温かく見守って頂けると嬉しいです。
これからもよろしくお願い致します。


ー私も石井久美子のファンとして応援し続けます。今日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

友達のように仲良しなふたり

幼い頃から久美子をずっと支えてきた、母・恵子さん。娘の人生を大きく動かす大胆な行動力と決断力もある勝負師の一面もあると感じました。
そして、誰よりも熱心なバレリーナ石井久美子のファンです。久美子の一番の理解者でもあり、あるべき母の姿を標して頂けた気がします。

本日もお忙しい中、最後までお読みくださりありがとうございます。
次回のballet project通信#19は本屋大賞2025にノミネートされた恩田陸のバレエ小説『spring』のブックレビューです。お楽しみに。