こんにちは。石井久美子バレエプロジェクトのつっちーです。うだるような暑さが続いていますが、皆さまはいかがお過ごしですか。暑気払いにはかき氷、プール、そして忘れてはならない生ビール?皆さまも真夏ならではの楽しみを見つけて、猛暑を乗り切ってくださいね。
さて、今回のballet project通信#27は、夏休みにもぴったりな映画『リトル・ダンサー(原題: Billy Elliot)』の鑑賞レビューです。この映画は25年も前に制作されていますが、バレエダンサーになることを夢見る少年ビリーと、サッチャー政権下におかれた当時のイギリスの社会情勢を鋭く描いた不朽の名作です。
また、ブロードウェイや日本でもミュージカルとなり、大人から子どもまで楽しめる作品となっています。簡単なあらすじや見どころなども紹介しますので、皆さんもご一緒に1984年のイギリスへ『リトル・ダンサー』の世界へタイムスリップしましょう。

リトル・ダンサーのあらすじ
物語の舞台は1984年のイギリス北東部の炭鉱町。11歳の少年ビリーは幼い頃に母を亡くし、炭鉱で働く父と兄、祖母との4人で暮らしています。父は男は強くあれと考えているので、少ない収入の中でもビリーをボクシング教室に通わせています。
ある日、ボクシングの練習をしている隣でバレエレッスンが行われることになりました。ビリーはその時、はじめて目にするバレエに心を奪われてしまいます。その日からビリーはバレエシューズを借りて、チュチュを着た少女たちと一緒に秘密のバレエレッスンを受けることになります。
バレエ教室のウィルキンソン先生はビリーの才能をいち早く見抜き、無償でレッスンを始めることに。しかし、ビリーがボクシング教室に通っていない(しかもバレエの練習をしていた)ことを知った父は大激怒。
ビリーはそれでもバレエへの情熱を失うことはありません。そんなビリーにウィルキンソン先生は「ロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けてみない?」と声をかけます。

偶然か必然か
映画『リトル・ダンサー』の成功は、少年ビリー役に託されていました。
演技もダンスもできて、イギリス北東部の訛りを持っている子。監督はそんな全ての条件を満たす子を探していたそうです。
2000人以上が参加したオーディションで見事ビリー役を射止めたのは、当時13歳のジェイミー・ベルという少年です。ジェイミーは6歳からダンスを習い、9歳から演技を学び、そしてイギリス北東部の出身という完璧すぎるバックグラウンド。まさに監督が求めていた奇跡のキャスティングでした。
監督は「干し草の中から針を見つけたようなもの」と、運命の出会いを語っています。また、脚本家のリー・ホールは自分の子ども時代を書いていた時に、本作のインスピレーションが湧いてきたと語っています。
さらに驚きなのは、ロイヤルバレエ団に炭鉱出身のプリンシパルが実際に在籍していたということです。取材でその事実を知った監督は、よりリアリティのある物語を作り上げていきます。そのことから『リトル・ダンサー』はフィクションではありますが、少年ビリーのモデルは元ロイヤルバレエ団のウェイン・スリープの姿と重なるとも言われています。
シェイミー・ベルの魅力
英国アカデミー賞で主演男優賞を受賞したジェイミー・ベル。ジェイミーが演じるビリーはリアリティがあり、観客はビリーを応援せずにはいられなくなります。演技、表情、躍動感のあるダンス。単なる映画のキャラクターではなく、現実に息づく少年ビリーを見ているような感覚に包まれるのです。
右側の口角がキュっとあがる笑い方もシャイなビリーに似合っていて、ジェイミー・ベルの持つ純朴さや天性の魅力が滲み出ている気がしました。
暗雲立ち込める社会情勢でも恵まれない家庭環境だろうと、自分の力で現実を打破していくという強い意思が、スクリーンを越えて伝わってきます。ビリーの感情のメタファーとも言える情熱がほとばしるステップシーンは圧巻で、思わず「ブラボー」と拍手を送りたくなります。
はじめてピルエットに成功した時に見せる、はにかんだような笑顔も可愛くて。先生は「手が下がっている」とダメ出しするのですが、即座に振り向いてビリーにウインクをするのです。先生も素直じゃないなあとクスッとしつつも、ふたりの間に芽生え始めた絆に心が温かくなります。
余談ですが、このウィルキンソン先生に対してビリーの兄が「この中流女!」と、暴言をはくシーンがあるのですが…なぜか私も傷ついてしまいました。(ええ…中流女です…)

ジェイミー・ベルにすっかり魅了された私。
「彼は今も俳優をしているのかな?」と気になったので調べてみると……ええっ!…『ロケットマン』に出てたの!?
これはもう大好きな映画です。エルトン・ジョンの伝記映画で、ジェイミー・ベルはエルトンと長年にわたり共作してきた盟友バーニー・トーピンを演じていたのです。
バーニーはエルトンのほとんどの楽曲を生み出した作詞家で、映画でも二人三脚で楽曲を手掛けていく重要な役です。言われてみると確かにビリーの面影があります。
さらに驚いてしまったのが、『リトルダンサー』と『ロケットマン』は脚本家も同じリー・ホールというではないですか。そして映画『リトルダンサー』に感銘を受けたエルトン・ジョンがミュージカル版『Billie Elliot』(リトルダンサーの原題)の制作をしたそうです。
話が脱線し過ぎてしまいましたが、『リトルダンサー』と『ロケットマン』の思わぬ共通点に大興奮です。

バーニー・トーピン役のジェイミー・ベル
アダム・クーパーの存在感
わずかなシーンでありながら、圧倒的な存在感を放つのがアダム・クーパーです。
そう、大人になったビリーを演じるのが、実際にロイヤル・バレエ団でプリンシパルを務めたダンサー、アダム・クーパーなのです。
この映画のラストにとびきりの魔法をかけるのは、やはり彼の持つ圧倒的な存在感。芸術的な美しさを兼ね備えた勇ましい姿は鳥肌ものです。背中だけで自分の存在感をこれだけしめせる方も、なかなかいないのではないでしょうか。あの少年ビリーが「こんな背中を持つ立派なダンサーになったのね」と思うと…胸が熱くなること間違いなしです。
「もっとアダム・クーパーを見せて!」と、叫びたい気持ちになりますが、あの潔いラストだからこそ心地よい余韻に浸らせてくれるのかもしれませんね。

父親の物語として
『リトルダンサー』が名作と語り継がれる理由のひとつに、父親の物語でもあることがあげられます。
閉塞感漂う田舎町の炭鉱で働く父親。物語はストライキ真っ只中で、この炭鉱夫たちのストライキシーンは迫力あるものです。劇中に流れるクラッシュの“London Calling”が時代背景にびたりとはまっていて、当時の労働者階級の緊迫した状況を物語ってくれます。
炭鉱労働者と煌びやかなバレエの世界は対極ではありますが、分断や対立を招いていいはずはありません。息子の夢を応援したい父の視点から見ても、眺める世界が変わる奥深い作品となっています。
「息子には未来があるんだ」
『ニューシネマパラダイス』のラストシーンを彷彿とさせる劇場での涙に、私もボロボロと泣いてしまいました。

家族で楽しめるバレエ映画
今から25年前の作品なので多少の古さは否めませんが、心を揺さぶる普遍的な人間ドラマがここにはあります。老若男女が楽しめるバレエ映画の感動作といえば、今も昔も『リトルダンサー』ではないでしょうか。
ビリーの親友であるクィアの少年との秘密のマラソン、クリスマスの夜の出来事なども胸に残る美しいシーンです。格差社会やジェンダーマイノリティへの偏見など、バレエ以外のテーマも込められた作品です。
興味を持たれた方は、ぜひこの夏休みに心温まる素晴らしい物語を味わってみてくださいね。